塾生の素朴な疑問Q&A


【質疑】

代理人として本人の代理人を何度も指名されたり、妻の代理人やご先祖様の代理人など、特定の代理人を何度もするのは、何か意代理人味があるのでしょうか?

【応答】 .

よく指名される代理人体験が、今のあなたに必要だということです。代理人として体感することで、物の見方が変わったり、思い込みが外れたり、疑問に感じていた点がクリアになったりします。


【質疑】

ライアントになった回数が少なかったのですが、問題ないでしょうか?

応答】

今回の命運創生塾コースでは、参加者全員が最低1回はクライアント体験をすれば充分です。代理人体験や、全体を観察することの全てが学びです。


【質疑】

例えば同じようなワークを2回やったとしたら、内容は同じになるのでしょうか?

 

 【応答】

同じワークは存在しません。1回ワークをすると、その時点でワークをする前とは違っています。似ているように見えたとしても、深度が違うので同じ内容になることはありません。


【質疑】

同じ塾生がだんだんと目標に向かってステップアップしていることが素晴らしいと思う反面、嫉妬している自分がいます、この嫉妬心を無くしたいです。

 

 【応答】

そう感じることは、良い兆候です。刺激を受けて、自分自身の内側に敏感になり、問題意識を持つようになったということです。

この質問にはいくつかの要素がありますので、分解してお答えします。

 

1つ目、塾生仲間についてです。想像してみて下さい。身近にいる人が、目標を見失い愚痴ばかり言っているのと、目標に向かっているのと、あなたはどちらが嬉しいですか。素晴らしい仲間がいることで、あなたの目標は具現化しやすくなります。目標に向かう速度は気にしなくて大丈夫です。焦る必要はありません。仲間の成功を自分の未来と重ねると、嫉妬どころか応援したくなりませんか。塾生仲間で応援し合うことは【命運創生塾】の形の1つです。

 

2つ目、目標とステップアップについてです。目標と目的の違いについてはまた別のところでお話します。ステップアップという時系列とか努力とかについては【横軸コース】でワークすることになると思いますが、概念がガラリと変わるでしょう。詳しくはワークの時にお伝えします。

 

3つ目、嫉妬心についてです。嫉妬心というのは、自分と他者を比較しているから起きるのですが、比較は何の役にも立ちません。この辺りのことも【統合ワーク合宿】で体感して頂くのが1番だと思います。今は、嫉妬心を無理やり消し去ろうとしなくても、必要なくなる時には自然と消えていますので、今の私は「嫉妬心」というものを持っているんだと味わって、観察しておいて下さい。いずれ、「嫉妬心?それって美味しいの?」って聞くようになる時が来るでしょうから。


【質疑】

ワークを重ねるごとに、良くなっている面もあれば葛藤も更に出てきます、解決されていないということでしょうか。

 【応答】

ワークを行うと、気づいていなかった問題点がどんどんと出てくることがあります。葛藤は、変化の兆候で、良い兆しです。心の大掃除をしていると思って下さい。見ないでいれば何とかやり過ごせていたかもしれないけれど、一旦、お掃除し始めると、綺麗になった壁と汚れている壁の区別がついて、目につくようになります。整理整頓して、綺麗に磨き上げた空間を味わうと、まだ手を付けていない箇所が気になったりもします。片付いていないところばかりを見て、疲れ果てるのではなく、綺麗になったお部屋の一部に安らいで一息ついてもいいかもしれません。葛藤は心の埃です。お掃除していると埃が舞い上がりますが、いずれ収まります。解決されていないのではなく、解決が始まったということです。


【質疑】

「自分のワクワクを一番大切にして下さい」という考え方と、「他者のために尽力することこそ価値のある人生」という考え方が、 矛盾しているように聞こえます。そこをクリアにできないでしょうか。

 

 【応答】

なるほど、いろんな人からたくさん学べば学ぶほど、混乱が生じてきたのかもしれませんね。結論からを言うと、世の中は矛盾だらけでクリアにするものではないのですが、そう言ってしまうと身も蓋もないので、あなたの思考の整理をしたいと思います。彼らの言葉は相反するものではなく、1つの真理を指し示しているだけですので、安心して下さい。

 

1つの真理というのは、あくまでもあなたにとっての真理ということです。他の人が美味しいものを食べても、自分が食べない限り美味しさはわからないようなもので、自分の人生は自分しか味わい尽くせません。

矛盾しているように聞こえるその言葉を言った人達が伝えたかったことが、最終的にはあなたの使命、天命を生きましょうということだとしたら、十人十色、それぞれの伝え方に特徴があるだけです。

 

例えば、あなたがある山の頂を目指している時に、案内人によっては、まっすぐ最短でその山頂に向かうにはこの険しい道を進めばいいと言い、また別の案内人は緩やかな坂道をスキップして進みましょうという、ルート案内の違いのようなものです。選ぶのはあなたです。

 

では補足して、その2つの言葉を解説します。

まず1つ目の「自分のワクワクを一番大切にする」というのは、スキップするように楽しむことを忘れないということです。辛くて悲しくて疲れ果ててしまったら、折角の美しい山頂からの景色を見るまでに、山頂にたどり着けなくなってしまうからです。だからまず自分のコンディションを良くしましょうということなのです。それを「自分だけが幸せになる」ことだという誤認をすると、案内人の道からそれてしまいます。スキップだけして山頂を目指さず、迷子になってしまいます。

2つ目の「他者のために尽力することこそ価値のある人生」とは、もうそのまんまなのですが、自分一人で山頂に辿り着いて美しい景色を見るのと、家族や仲間と共に一緒に感動の景色を見るのとどちらがいいですか?と問われれば、後者の方に価値を感じるでしょう。山道の途中、小さな子供をおぶったり、年老いた人の荷物を持ってあげたり、自分に出来る力を尽くすだけで、喜びが2倍にも3倍にもなるのです。子供達が目を輝かせ、山頂に登るのを諦めていた年老いた人が涙を流す時、あなたは価値ある人生だったと喜びもひとしおでしょう。

 

補足をさらにもう1つすると、この2つの言葉を混同し、誤認や混乱してしまうのは、明治以降の日本人の精神構造に、西洋文化が入り込み個人主義が慣れ親しんできたところに起因します。日本人本来の価値観は、「自分のワクワク」=「他者の幸せ」=「自分の幸せ」です。そこには矛盾がありません。そもそも自分と他者との境界を持ち込んだのが、西洋の一神教であり、それまでの日本人にはなかった発想なので、日本人の魂と西洋の価値観が自分の中で反発しあってしまって自己矛盾に陥っているのが多くの日本人なのかもしれません。

 

「自分だけが幸せ」という状態を想像できますか?

自分だけ健康で大金持ちになり、自分以外の家族が全員病気で苦しみ、友人たちは貧困で喘いでいます。自分だけは健康もお金も手に入れているけれど、1人孤独な人生、幸せでしょうか?

 

あなたの幸せって何ですか?と聞かれると多くの人が、

「家族が健康で、友達もたくさんいて、愛する人も側にいて」と他者のことを答えます。自分の幸せは他者と共にあります。

 

もう1度言います。

 

日本人本来の価値観は、「他者の幸せ」=「自分の幸せ」それが「自分のワクワク」なのです。

 

つまり統合されている状態です。

 

1つ目の言葉の「自分のワクワクを一番大切にして下さい」=「他者の幸せを一番大切にして下さい」=2つ目の言葉「他者のために尽力することこそ価値のある人生」そうです、案内人の言葉は、同じことを言っていたのです。少し思考整理されたら幸いです。